仏壇とお墓

仏壇

仏壇

新田家

新田家の仏壇はⓝ宅の和室にあります。
宗派は【浄土真宗 西本願寺(本願寺派)】です。

現過去帳に書かれている親族は、旧過去帳に載っていた人を転記して、パパを追記したものです。

パパが引き継いだ新田家の仏壇はなく、過去帳のみでした。
信心深くなかった両親。ⓝも『手を合わせる対象としてのメモリアルスペース』という感覚でミニ仏壇のみ用意しました。
[過去帳]と[写真(遺影)]のみを祀っています。

ⓝの特権ということで、ⓝの家族だった新右衛門親当(しんえもんちかまさ/フレンチブルドッグ♂/2020年5月10日没)の写真も飾らせてもらってます。

瀬本家

瀬本家の仏壇はⓝ宅の和室にあります。
宗派は【浄土真宗 東本願寺(大谷派)】です。

現過去帳に書かれている親族は、瀬本家の仏壇に祀られていた回出位牌(くりだしいはい)を転記して、おばーさまを追記したものです。

門司港のおばーさま宅には大きくて立派な仏壇がありました。貝塚への転居を機に小さな仏壇に替え、さらにⓝ宅へ移す際に新田家とお揃いのミニ仏壇に替えました。
礼拝仏具(らいはいぶつぐ)は[ご本尊(阿弥陀如来)]のみ承継。[過去帳]と[写真(遺影)]を祀っています。

(※古い仏壇は買い替え時に引き取ってもらえました。位牌・仏具・経本などはお焚き上げ供養してもらいました。)

仏具屋さんに相談したところ、「樒(しきみ)の葉を華鋲(けびょう)に挿し、ご本尊の足元に飾られると良いと思います」と助言をいただいたので、それだけはⓝが対応。

仏具ではないけれど、おばーさまの仏壇に大切にしまってあった勇さんの[旧日本軍の勲章]は、[ご本尊]の下のケースに収めています。

参考:浄土真宗ではお位牌でなく過去帳を用いる理由について


お墓の場所

お墓の場所

新田家

ささぐりの郷

聖徳廟

〒811-2405
福岡県糟屋郡篠栗町篠栗203−1

※ⓢの母(おばーさま)はこちらへ埋葬

共同墓所加入権利書情報

パパはまず2014年に下記3人分、加入しています。

  • 2014年9月5日発行
    •  埋葬済  971号/新田 東彦
    •  加入権保管ⓝ  972号/新田 節子
    •  埋葬済  973号/瀬本 治己

その後、2015年4月に下記3人分、加入したようです。

  • 2015年4月20日発行
    •  埋葬済  1006号/新田 静子
    •  埋葬済  1007号/新田 友一
    •  埋葬済  1008号/新田 知恵子

2015年9月16日、綾羅木(山口県下関市)にあった【新田家】のお墓を “墓じまい” して[ささぐりの郷]へ納骨(移葬)したのだと思われます。

※年金者組合の組合員でなければ、この共同墓所への加入申込ができません。
※パパが組合員だった当時、「上記6人分の共同墓所の加入権を申し込んだ」という経緯があります。

埋葬情報

新田家の親族と、おばーさま(瀬本家1人)が眠っています。

  • 新田 靜子(にった しずこ):パパの実母
    • (1962年6月2日没)
    • 【合葬墓】
  • 新田 友一(にった ともいち):パパの実父
    • (2004年3月7日没)
    • 【合葬墓】
  • 新田 知惠子(にった ちえこ):パパの継母
    • (2013年3月1日没)
    • 【共同墓】納骨室
  • 新田 東彦(にった はるひこ):パパ
    • (2018年12月1日没)
    • 【共同墓】納骨室
  • 瀬本 治已(せもと はるみ):おばーさま
    • (2022年9月2日没)
    • 【共同墓】納骨室

共同墓所[ささぐりの郷]は【共同墓】と【合葬墓】があります。最初の納骨時には【共同墓】の納骨室に納められ、一定年数を経過した後、【合葬墓】に移されることになっています。

【共同墓】

【合葬墓】

【合葬墓】への移葬

管理運営細則では以下の取り決めがあるようです。

  • 2020年9月改定
  • 後日の総代会での管理運営委員会から回答

2025年11月7日付で「いよいよ納骨スペースが手狭となったため、今回のご案内となりました」と合葬墓への移葬のお知らせが届きました。

移葬される納骨者は 2004年3月7日 に亡くなられた 新田友一様 です。

瀬本家

妙円寺近くの墓地

妙円寺(臥牛山 妙圓寺)

〒871-0926
福岡県築上郡上毛町原井668

※ⓢの父と姉が埋葬されてます

経路

JR中津駅から車で15〜20分くらいです。

  • [国道212号]または[県道16号(吉富本耶馬溪線)]で南下します。
  • 途中、[国道10号(中津バイパス)]または[県道102号]の橋を渡り、山国川の西側(福岡県側)を耶馬溪方面へ進みます。
  • [県道16号]と[県道102号]が妙円寺のある原井地区で重なります。(山国川は進行方向の左側)
  • [県道102号]の道なりに山側へ右折し(消防団の建物がある角)、しばらく進むと妙円寺の駐車場が右手に見えます。
  • お墓がある墓地は、[県道102号]の左手(妙円寺駐車場と反対側)の小道を登ったところにあります。
埋葬情報

ⓝがおばーさまのお供をしてお墓参りに行っていた頃は、上記墓地の上手にある【松本家】と、下手にある【瀬本家】の2つのお墓を掃除して手を合わせていました。
ⓢの父と姉については、おばーさまが生前、以下のような話していました(定かではありません)。

  • 瀬本 勇(せもと いさむ):ママの実父
    • (1944年10月16日没)
    • 勇さんは家督を継ぐ子供がいなかった瀬本家へ養子として入った。
    • 血縁のある【松本家】のお墓に眠っている。
  • 瀬本 富貴子(せもと ときこ):ママの実姉
    • (1942年4月20日没)
    • ⓢが生まれる半年ほど前に逝去(享年2歳)。
    • 瀬本家の孫として【瀬本家】のお墓に眠っている。

ⓢの母(おばーさま)は生前、「【瀬本家】のお墓には入りたくない…」と言っていたそうです。事情はわからないけれど、おばーさまの気持ちを汲んで、パパが自分たちと同じ共同墓所へ埋葬する準備をしたので、おばーさまは新田家と同じ[ささぐりの郷]に眠っています。